よくある備忘録的なにか

自作キーボード、写真メインにその他諸々と

初めてオリジナルの自作キーボードを作った話

 はじめに

この記事は初めてオリジナルキーボード(名無し)を作成したときの、覚書というか回顧録です。

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全体的にアナログで試行錯誤的な作業だったので、きちっとしたプロセスやノウハウを文書化するのは難しかったのですが、作業した時のシナリオを元にどんなことをすればオリジナルキーボードが作れるかについて、一つの事例を示しているつもりです。

あまり個々の詳細については立ち入らず全体が俯瞰できるような内容にしていますのでご笑覧ください。

0.背景

キーボードの制作を初めた頃の私のプロフィールはこんな感じです。

  •  普段はKinesis Advantageという古式ゆかしいエルゴノミクスキーボードを長年愛用。
  • しかしKinesisがだいぶ古くなってきているので、Kinesisと同等以上に快適に利用できるエルゴノミクスキーボードを探していた。 (後日Kinesisをフルレストアした話は別の記事で)
  • キーが横方向にずれた配列が世界標準なのは許しがたい(中二的義憤)
  •  電子工作は初心。黒い画面やC/C++はなんとかなる
  • 流行り始めていた自作キーボードに興味を持ち、遊舎工房でErgoDashを組み立ててみたのがこの道の始まり。

Kinesisに近そうなErgoDashというキットを組み立てた後、しばらく悦に入って使っていたのですが使えば使うほど Kinesisと違うところが目につくようになり、次第に違和感が増してきました。そしてすぐに自分が一番喜ぶキーボードを自分自身で設計したい! という欲求が抑えられなくなってきました。

1. 回路と理論を理解する

しかし電子工作は全くの初学者なので、かなり基本的なところから学習していく必要があります。まず手始めに秋月電子で売っているキーバッドキットを購入しました。

 5x5cmくらいの小さいものですがダイオードを使ったキーマトリクスが組めます。これをブレッドボードを使ってProMicroと接続すれば十分に本物のキーボードになるんです。QMK Firmwareの開発環境を構築して、4x3のキーパッド用のファームを新規に作りProMicroに焼き込めばWindowsからHIDとして立派認識されます。こんなちっこい部品むき出しのものが動いたときは中々感動モノです。

   その後も自分で揃えたパーツをユニバーサル基板でキーボードとして組み立てたりしつつ、電子工作に必要な道具や技能を少しづつ揃えていきました。

 QMKを使わずArduino IDEでキーマトリクススキャンを行うプログラムを作ったりと、ソフト面でも理解が深まりました。

2.最強のキーボードを考える

次にどんなキーボードを作りたいのか青写真(死語?)を焼いていきます。私の場合は自作する目的がKinesisの置き換えなので普通のキーボードのような配列は初めからアウトオブ眼中です。これまで漠然と考えているキーボードの形を具現化するため、紙と粘土を使いました。
まず自分の手が欲するままに粘土の上にキーを置いていきました。粘土を使ったのは自由な位置でキーキャップを固定したり立体的造形を試行錯誤できるためです。

 このころ立体的なエルゴノミクスキーボードとしてDactylといった設計が公開されているものがあるのも分かってきましたが、しかし最早 この時点で ”自分で作るこ”とが目的に置き換わってしまっています。

 ある程度方針が見えてきたら、次はパソコンでキーのレイアウトを作図し厚紙(スチレンボード)に実物大にプリントしてカッターで穴を切り抜いてみました。開けた穴にキースイッチとキーキャップをパチっと被せてみます。考えたものが形になってみるとテンション爆上がりです。

 あーでもないこーでもないと、この作業を何十回繰り返したかわかりません。

3.「SU120」との出会い

天キーの会場でとある筋からSU120というPCBを譲っていただくことができました。

e3w2q.github.ioSU120は最大120キーまで拡張可能な汎用的な自作キーボード基板で、無限の可能性と双璧をなす自作キーボード界隈のチート級アイテムです。

その当時ままだ一般に販売はされていないものだったのでとてもラッキーでした。(今は通販で購入できます: SU120 自作キーボード用基板 | TALP KEYBOARD )

ある程度の基本は身についているので、SU120をどう使えばよいかは理解できます。M1.4という微細なネジを使って18mm角のPCBをつなげていくことで、キーボードらしい造形を作ることができるようになりました。

 ただこの時点ではケースは無く基板がむき出しの状態なので、常用することは厳しいです。何らかのハウジングを作らなければいけないのですが、まだそのスキルはありません。

3. 無限の可能性を手に入れる

本格的にケースを作りたいと思っていた頃、闇に光る怪しげなキーボードをネットで見かけました。無限の可能性です。商品名が無限の可能性といいます。これです、光は正義。キーボードを光からせるのに理由は要るでしょうか?

無限の可能性は SU120と同様のコンセプトの自作キーボード用汎用基板です。早速遊舎工房で無限の可能性とRGB LEDを購入しました。いろいろなバリエーションがありますが購入したのはkailhソケットとフルカラーLED対応の無限の可能性「アルタナ」です。swanmatch.booth.pm但し書きですが、実際SU120と無限の可能でどちらが優れているとかの優劣は全く無いです。ビスケットとネジでしっかりキーボードの形を組みたいときはSU120、光らせたいときは無限の可能性という感じで、今でも両方を使い分けています。

 スチレンボードでのモック評価でいい感じに煮詰まった最強配列を、無限の可能性で形作って行くことにしました。カラムスタッカードを基本に、カラムを1列づつ折り曲げた配列の右分離型 合計80キーのキーボードは、Willow64の源流にあたると言えます。

4.憧れのレーザー加工機

 サンドイッチマウントのケースを作るためには はプレートにスイッチを挿し込む四角い穴をあける必要があります。厚紙ならカッターで簡単に切れますが、硬いアクリル板ではそうも行きません。どのようにすればよいかから検討です。

調べると DIYショップのカインズホームにFabLab的な施設がありレーザ加工機が時間貸しで利用できる事が分かりました。ただし入稿データは.ai形式のみとのことで暫くし悩みましたが、結局AdobeCCのサブスクリプションを購入しました。少しお高いですが結果的に様々活用しています

Illustrator上でプレートの外形とキーを嵌める穴、ネジ穴を作図したら、線幅や線色をレーザー加工機のレギュレーションに合わせ、USBメモリに記録してショップに持ち込みレーザーカットします。大体A3サイズで10~20分くらいでできます。

 カインズホームの場合は基本的に店員さんのサポートは無しで、自力で機械の操作やソフトの設定を全て行う必要があるので慣れるまではちょっと気合が必要でしたが何度もやれば慣れるものです。

ケースの素材は、初めアクリルを使おうと思っていたのですが、アクリルはお値段が比較的高い。そこで スピーカーのケースなどでもよく使われるMDFを使うことにしました。お値段も600x300x4mm で210円くらいとお安く、自分で切ったり削ったりしやすいのでレーザカットで多少問題があってもリカバリが簡単です。

6.組み立て計画

無限の可能性とは言え、キーマトリクスの配線のためのROW,COLUMNの2系統に加えて、LEDを光らせるためVCC,GND,DINの3本も加え合計5系統の線を縦横に配線する必要があります。流石に行きあたりばったりでは難しいので、事前に配線計画を行いました。
回路図というよりは、配線の見取り図のようなものをPowerPointを使ってパッパとつくりました。ProMicroのポート名の呼び方がたくさんあって混乱するので、間違いないように自分でアノテーションも定義しておきました。

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雑な図ですが、逆にこんなくらいのレベルでフルセットのキーボードの設計が終わると思うと簡単です。 

こう書くと初めから考えていたようですが、実際は次のはんだ付け工程で一度失敗してからこの工程に戻ってきています。左右、表裏の区別を間違えて多量の配線を間違えました。はんだシュッ太郎を使って半泣きで配線を修正したのも貴重な学びでした。

7.はんだ付け

5行x5列で一枚のセットになっている無限の可能性をニッパーでバラして、バリをヤスリがけしておきます。

バラした18ミリ四方のPCBを目的のレイアウトに再配置していきます。無限の可能性はそれ自身では自立性が殆どないので、施工はキースイッチを刺した状態で裏側から行いました。可能なところはなるべくダイオードの余った足を使ってはんだ付けし、距離がある配線はポリウレタン銅線を使いました。

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ポリウレタン銅線は、ハンダごての温度で皮膜を焼き切って使うのですが、結構な確率で被膜が焼ききれずに導通不良が多発して苦労しました。結局 銅線を一本はんだ付けするごとにテスタで導通確認するようにして手戻りを防ぐしかなかったです。
また細い線を選択したため、応力がかかるとはんだ付けしたところがポロッと折れてしまったりする事案も多数発生しました。これは運用中でもよく断線が起こっていたのでその都度ケースをバラして再はんだ付けしたりとかなり苦労しました。

 もう一つ 表面実装型のLEDのはんだ付けも大変だったポイントです。
低融点はんだ、温度調整付きはんだごて、フラックスなど駆使して 1週間近くかかって80個のLEDを取り付けました。

 

  はんだ付けが不良だと全く点灯しなかったりパリピモードになったりします。斜め60°から叩くと治るときもありますが、だめなら再はんだ付けです。これも運用中に何度も修理した不具合ポイントです。 

 
8. 組み立て

無限の可能性の初版はキースイッチをはんだ付けするタイプだったようですが、無限の可能性オルタナというバージョンではキーソケットに対応しています。後からスイッチを交換できるので便利なのですが、逆にPCBをケースと固定する方法がありません。PCBはキーソケットと細いスイッチの足先だけでつながっているだけの状態です。
無限の可能性にはケースとネジ止めするための穴は無いので何らかの固定方法を考える必要があります。そこで強引ですがホットボンド(グルーガン)を使うことにしました。見た目は悪いですが見えない内側部分なので良しとします。これで無理な力がかからなければだいたい固定されます。でもよく外れます。

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トッププレートとボトムプレートを固定するためMDFに貫通穴を開けてボルトとナットで固定します。しっかりした設計が無いので現物に合うネジを探したのですが中々適当なものが見つからず入手は結構大変でした。

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実際に組み立て見るとProMicroの高さ(はんだ付けした突起部分)の厚みを見誤り蓋が閉まりません。対策としてカッターやヤスリでMDFをゴリゴリ削って対応しました。(アクリルなら詰んでいたところなのでMDFで幸いでした)

キーボードの平面(XY軸)はイメージがつきやすく設計も直感的ですが、高さ方向(Z軸)はよほど注意深く設計しないと部品が干渉したり、ケーブルが刺さらなかったり、無駄に厚みがでたりと課題が起こりやすい部分だと思いました。

 ちなみに、自作キーボードだとネジにはM2がよく使われてますがDIYショップとかではほとん見かけません。通販が便利ですが発注単位が大きいのでちょっとだけというのは難しい。遊舎工房に出舎できるなら、店頭でネジやスペーサがバラ売りされてるのめぼしいものを漁るのもありです。

9.天然木ナチュラルオイル仕上げ

MDFむき出しでは如何にもDIYといった様相ですので、きれいに仕上げるため 天然木突板を張りました。DIYショップでウォールナット材などのいろいろな種類の天然木を薄くスライスしたものにシール加工されたものが売られてます。それをトッププレートに張りカッターで切り抜きます。
更に 天然アマニ油を薄く塗り乾かす作業を何度か繰り返すと深みのある渋い様相になります。側面はレーザ加工したときにできた茶色い色(焦げ)がいい感じなので削らずにそのまま利用しました。(初めは少し焦げ臭い匂いがしますがそのうち抜けます)

 

 10.で、これができたというわけ

 

 

振り返り

 無限の可能性

  • 機能的には十分で、使う人の発想次第で無限に可能性が広がりうる。
  • これがなければ今の自キ活はなかっただろうなと思う。
  • PCBを固定する方法が少し苦労した。
  • SU120とは基本機能は大差ないので、それぞれの特長を活かして適材適所で使い分けるのが吉。
  • 無限の可能性を僕にください!!  と店頭で言うのが恥ずかしい人は通販利用のこと。

表面実装LED

  • はんだ付けは予想通りとても苦労した。 最近はでは足がついたタイプが主流になり改善されたので、今ではいい思い出。
  • 光るのは純粋に楽しいし機能的なメリットもある。今後もできる限り光らせてみたい。

レーザー加工機

  • FabLab設備を自分で使えるようになると、試作の幅が広がり発想の展開もしやすくなった。
  • 通販サービスではできない素材や加工が選べるのが良い(遊舎工房ではMDFは扱ってない)
  • FabLabがない場合や時間的、距離的に制約が多い場合は遊舎工房等の通販サービスの利用を検討。

MDF素材

  • 安い。加工しやすい。手で削ったり接着が容易なので失敗時のリカバリが簡単で試作に最適。
  • 柔らかい打鍵感でサイレントなキーボードになる。
  • 色を塗ったり天然木加工仕上げにしたりと、フィニッシュに凝れる。(別作品でデジタル迷彩柄仕上げにもした)

天然木オイル仕上げ

  • 高級感あるケースが作れるので良かった。またやってみたい。
  • 天然オイルだと手がずっと当たっている部分が色落ちしたりするので、ウレタン系のフィニッシュでもいいかもしれない。

その他

  • 全体的なロバストネスが低い。ちょっとした衝撃で断線が多発。ボディの構造とハンダはイチさら見直す必要あり。
  • ネジとスペーサはきちんと設計しないと決まらない。入手性についても設計時に考慮必要。
  • ポリウレタン銅線は意外と鬼門だった。

おわりに

沼の面々からしたら邪道と思われるかもしれませんが、まずは情報発信します。

この記事を読んでいただいている方は何某か自作キーボードの世界に興味がある方かと思います。自作キーボードに興味があって始めてみたいという方から、沼にどっぷりと浸かっている方まで様々なレベル感があると思いますが、この記事は「自作キーボードキットは組み立ててみたけど自分でデザインしたキーボードも作ってみたい」「でもいきなりプリント基板設計とか難しそう」というような方に届けばいいなとおもっています。